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広島高等裁判所 昭和26年(う)35号 判決

控訴人 被告人 林勇

弁護人 田中英一

検察官 円藤正秀関与

主文

原判決を破棄する。

本件を広島地方裁判所庄原支部に差戻す。

理由

弁護人田中英一の控訴趣意は別紙に記載してある通りである。

論旨第一点に付

原審公判廷に於て被告人が所論の様に供述して居る事は之を認める事は出来るが、証拠の証明力は経験則に違反しない限り原審裁判所の専権に委ねられて居るところであるから、経験則に違反して居ない限り原審が被告人の右供述を措信しないで所論の証人豊田企、黒光東市、上川チクの各供述を採用して原判示第二の事実を認定したからといつて何等違法ではなく記録を精査するも原審の右の様な採証の方法が経験則論理上の法則に違反して居るものとも認められない。論旨は理由がない。

次に論旨第二点の量刑不当の所論に付判断する前に職権を以て調査するに原判決は被告人が昭和十六年二月六日広島師団軍法会議で詐欺罪に因り懲役十月、昭和十九年二月二十四日三次区裁判所で詐欺窃盗罪に因り懲役十月、昭和二十二年五月二十日広島地方裁判所三次支部で詐欺罪に因り懲役一年六月に処せられ、何れも当時其の刑の執行を終つたと認定しながら右各前科が何れも本件犯行と累犯関係にあるものとして刑法第五十九条を適用処断して居る。併し刑法第五十九条に所謂三犯以上として再犯の例に依り処断するには初犯と二犯及二犯と三犯(以下之に準ず)との間に同法第五十六条に規定する条件を具備する事を要するは勿論初犯と三犯以上との間に於ても等しく同一の条件を具備しなければならない。故に仮令初犯と二犯及二犯と三犯(以下之に準ず)との間に同法第五十六条規定の条件を具備して居ても若し初犯と三犯以上との間に同一の条件を具備しない時即初犯の刑の執行を終り又は執行の免除があつた日から五年内に更に三犯以上に当る罪を犯した場合でない限りは同法第五十九条を適用して三犯以上の累犯として処断する事は出来ないのである。然るに原判決は前記の如く本件犯行が累犯となる前科として三回の懲役刑に処せられ其の刑の執行を終つた事実を判示して居るが、本件犯行と刑法第五十六条に規定する条件を具備する前科は昭和二十二年五月二十日広島地方裁判所三次支部で詐欺罪に因り処断せられた懲役一年六月のみであつて其の他の各前科は孰れも本件犯行との間に其の刑の執行を終つた後五年以上の期間を経過して居り右累犯の条件を具備して居ない。従つて原判決が本件犯行には刑法第五十九条所定の三犯以上の累犯に該当するものとしたのは法令の適用を誤つた違法があるものといはなければならぬ。

而して右違法が判決に影響を及ぼす事が明らかであるか否かに付按ずるに、再犯なりとして刑法第五十七条を適用して累犯加重をするも三犯以上の累犯なりとして同法第五十九条を適用して累犯加重をするも其の加重せられる刑期は同一であるから何等所謂判決に影響を及ぼすものではないと考えられない事もないが、三犯以上の累犯に付て再犯の場合とは別個に累犯加重の規定があり且同一刑期の加重をしたにしても広い範囲の処断刑の間に於て具体的被告事件に付最も適正な具体的刑罰を裁量するに当つては、其の犯情、経歴、家庭の情況、犯罪後の情状其の他諸々の事情と共に被告人の性格、危険性、刑罰適応能力等も斟酌せらるべきものであるから、其の被告人が累犯として刑を加重せらるべき条件を具備して居る前科が一個あるか(再犯)又は二個あるか(三犯)或いは三個以上あるかは其の被告人の性格、危険性、刑罰適応能力等を斟酌するに当り多大の影響を及ぼす可能性があり、其の結果具体的に量定宣告せられる刑に付て何等影響なしとなす事は出来ない。従つて右の様な違法は加重せられる刑期が同一であるから被告人の利害には何等の関係はなく所謂判決に影響がないと形式的に論断すべきではなくて、判決に影響を及ぼす事が明らかな場合に該当するものと為すべきである。故に弁護人の量刑不当の論旨に対し判断を為す迄もなく此の点に於て原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条に従い主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 横山正忠 裁判官 秋元勇一郎 裁判官 高橋英明)

弁護人田中英一の控訴趣意

第一本件恐喝事実中(追起訴の分)被告人が昭和二十五年三月初旬上川チク方に於て黒光東市に対し「お前等は博奕をしたろー金を千円出せ」と申向け……脅迫し同人を畏怖させ因て同人から金八百円を交付させて此れを喝取し」た点に付いて被告人は「黒光等三人と博奕したところ最後の段階に於て金五百円負けたのでありますが(それは投け方に付いて)自分が云う通りをやらなかつたのでやり方が悪いと云つてその五百円は支払はず又豊田某から貰うべき示談料金三百円受けたので結局八百円受取つた事になりますが此れは黒光を脅迫し同人を畏怖させて交付させたものではありません」と供述したるに(第一回公判調書二三丁被告人冐頭陳述)原審に於ては右供述を措信せず証人豊田企、同黒光東市、同上川チクの供述を証拠として被告人が黒光東市を脅迫し金八百円を喝取したる旨判示したるは証拠方法を誤り不当に事実を誤認したるものなり。被告人は当日上川チク方に於て博奕をした事を聞き午後一時頃同人方に行きたる処豊田、黒光、海内の三人が博奕をしていたのでそれに加はり四人にて勝負を争い最後の段階に被告人が五百円掛けて勝負した処黒光のやり方が悪いので勝負なしと云う事にして黒光より五百円を取り戻し博奕をして最後に勝つた者から負けた者に出す例になつている示談金として勝つた黒光から豊田が三百円出させて被告人に呉れたものにして被告人が黒光から金八百円を喝取したものに兆す。証人豊田、同黒光、同海内は自己が刑罰を受ける事を恐れて博奕をした事を隠して供述せぬ為めに被告人の供述を措信されざるものと思料するも被告人が博奕をした事は真実にして当日博奕を終り夕方帰つた時其の事実を告白した事を知る証人今井茂の供述により明かなり(第三回公判調書九八丁中被告人供述、第四回公判調書一二丁中今井茂の供述)

第二本件に於て被告人に対する刑の量定は不当なり。被告人には左の如き情状[言閔]諒すべき事情あり之れを酌量して相当刑を軽減すべきものと信ず(以下省略する。)

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